karariです。
人生で人は平均4回しか引っ越しをしない。というCMを見て、はて?自分は何回引っ越しをしたのだろうと考えてみました
引っ越し回数、十代から現在まで12回でした( ;∀;)
主に十代~独身時代に9回と多く、身軽とはいえ、これは正に引っ越し貧乏
引っ越しの中でも、部屋を追い出されたことがあります。
強烈だったあの日のことを断片的な記憶に基づいて綴ります
日本経済はバブル期に入り、まさかよもやのよもやま話はいくらでも転がっていた
部屋を追い出されるまで...
十代、実家を離れる
*引っ越し1回目
引っ越し後やってみたいことが見つかった
けれど両親も周りも理解はなく大反対
平日働き週末は自腹で月謝を払い
あるスクールに通った
*あえてスクールと表現します
スクール近くへ引っ越し*2回目
バイトをしていた喫茶店の一人暮らしのおばあさん
あなたのために
「アパート代大変でしょう」といって、公団住宅の空き部屋に無償で住まわせてくれた*三回目
けど、おばあさんも理解者ではなかった
スクールに行っても食べてはいけない。
そんなこと辞めて、美容師になりなさい
資格が取れたらここ(喫茶店)を美容室にして...
冗談だと思い、無理ですよ。くらいに交わしていたと思う
後日、見たこともない弁護士らしき人が現れ説明された
美容師の資格を取り、喫茶店を美容室にして当面は美容師の先生に付いて修行をした後、美容室を譲るというおばあさんの想い。引き受けてもらえないか...
そんな話だったと思う
出来るわけもなく土台無理な話。
了解した覚えも、首を縦にした覚えも書面を交わした覚えもない
けれど、おばあさんは話を進めていた
美容師専門学校が決められ、教材が揃えられ、入学金、月謝、教材費がどのくらいだったのかも知らない。
通学用の自転車まである...
入試を受けた覚えも面接を受けた覚えもない
どの位、美容学校に通ったのだろうか...
元々不器用なのに...
美容師を志す人たちの中でひとり浮いていたに違いない
嫌なら行かなければいい。
それだけのことが出来なかった...
そこには、住まわせてもらっている。働かせてもらっている。といった負い目があった
仲間って。いったい...
スクールも卒業したある日
仲間とイベントを企画した
*どんな繋がりの仲間だったのか記憶から消されてます
誰が情報を流したのかはわからない
新聞社の取材を受けることになった
大きく取り上げてもらった
おばあさんに見られたら怒られる
その新聞が配達された朝、早くにバイト先の喫茶店に入ると、朝刊からその紙面だけを抜き取った
イベント当日
新聞効果か...
当日になって仲間が来ない。みんな逃げた
驚くほどの来場者に、ひとり受付とイベントをこなさざる得なかった
これが成功なのか失敗なのか...
喜ぶ相手も、慰め合う仲間もいなかった
入場料として頂いた、しわくちゃなお金だけがそこにあった
おばあさんにはバレていないと思っていた
ところが...
帰宅したドア前の光景にわが目を疑った
一体、何が起きているのか...
長くなりそうなので続きます...
ではでは、またいらしてくださいね☆